ウィンダム 中古車は、96までの強烈な個性こそないものの、ボンネットの見切り線やルーフラインが前年に発売された日本のスバル・1000にも似たスタイルで、CD値0.37と当時としては空力特性も良好であった。そして、
BMW 3シリーズ 中古車
の上まで回りこんだ前ヒンジの巨大なボンネット、大きく左右に回り込んだ上下に薄く、傾斜角の浅い、軽飛行機のようなウインドスクリーン、ほとんどフラットなサイドシルとそれを
インプレッサワゴン 中古車にするボディ下端まで切り込まれたドアなどが、99に同時代の他車から抜きん出た強い個性を与えていた。しかも、一見特異に見えるこれらの設計は良好な整備性、良好な
トッポBJ 中古車
、乗降性の高さをもたらしており、決して奇をてらう為のものではなかった(ちなみに、ギアをリバース(AT車ではPレンジ)に入れないと抜けないシフトレバー根元の
エルフトラック 中古車
も、凍結した坂道で駐車中の車が動き出さないようにとの配慮であった)。ただ、強固なサイドシルがないことは、後継の900の時代になると、エンジン・サスペンション・タイヤ等の進化もあって、
アクティトラック 中古車に対するボディ剛性の不足というマイナス面として顕在化することになった。
スターレット 中古車の伝統に従い、初期モデルは雪道での安全性の確保と燃費の向上のためのフリーホイール機構を備えていた。また、当初よりサーボ付き四輪ディスクブレーキを装備していた。
スピアーノ 中古車という長いモデルライフの間、99には絶えず改良が重ねられた。まず、1970年にはダッシュボードが一新され、アメリカ市場を意識したオートマチック車(BW製3速)やフューエルインジェクション付き(キャブ仕様の86馬力から95馬力に
カローラスパシオ 中古車)が追加された。また、サーブ初の4ドアモデルも登場した。
71年にはヘッドライトワイパーが装備され、1850ccモデル(キャブレター88馬力とインジェクション97馬力)が登場した。
アウトランダー 中古車には1750ccエンジンが落とされた。外観ではバンパーの位置が上げられ、ウレタンバンパー(時速5マイルまでの衝撃を吸収)が装備された。この採用は米国安全基準に先駆けたものであり、デザイン的にも不自然さのない優れたもので、
フォード エクスプローラー 中古車のない欧州向けにも標準装備された。運転席シートヒーターも採用された。また、スポーティーグレードとして2ドアモデルのみにEMS (Electronic-Manual-Special)
アテンザスポーツワゴン 中古車が登場した。固められたサスペンションとサーブ自製の1985ccボッシュDジェトロニックインジェクション110馬力エンジンを備え、最高速170km/hを誇った。
セフィーロ 中古車には1850ccエンジンが廉価版99L専用とされ、他はすべて2000ccとなった。フロントグリルも前年のEMSを追って全車種ともブラックになった。
SX4 中古車には3ドアハッチバックがコンビ・クーペという名称で追加された。米国ではワゴンバックと呼ばれたこのモデルのテールは伸ばされ、全長がセダンより10cm長くなった。後に、このコンビクーペの後部デザインは後継車900に流用されることになる。
エスティマ ルシーダ 中古車には前輪ディスクローター内の専用ドラムを用いていた駐車ブレーキが直接主ブレーキに作動する方式に改められ、燃料タンクも45リッターから55リッターに拡大された。エンジンは2000ccに絞られ、キャブレター100馬力、ボッシュKジェトロニック118馬力となった。
シボレー クルーズ 中古車にはパワーステアリングやアームレスト付きリアシートを装備したトップモデル、99 GLEが追加された。また、5ドアのコンビ・クーペが追加された。
カローラランクス 中古車には欧州仕様車のヘッドライト(対米仕様はデビュー以来丸型4灯式)と、テールライトが大型化された。
ムーヴ ラテ 中古車には99ターボが3ドアコンビ・クーペ専用モデルとして登場した。2000ccエンジンの最高出力はギャレット・エアリサーチ製の小径ターボで145馬力に強化され、最高速度は200km/hに達した。性能と燃費の両立を見据えた、
ミニキャブトラック 中古車の実用車への応用としては最初の例で、安全対策や装備充実による重量増加と公害対策による特に対米仕様車のエンジン出力低下がもたらした動力性能低下を解決するために、
パジェロイオ 中古車
を開発する余力のないサーブ社が選んだ窮余の策であった。しかし、ターボ仕様エンジンの完成度は高く、「60km/hから160km/hまでの速度域で、あらゆる5人乗り乗用車と同等の速さを示した」(豪Wheels誌1978年7月号)などと、当時の
バネットバン 中古車はその出来栄えを賞賛している。
79年には4ドア・2ドアモデルも追加されたが、この年、ますます強化される米国安全基準に対応すべくボディ前後が延長された後継モデル900が登場、99は1980年モデルを最後に
キャパ 中古車
から撤退、欧州市場専用の廉価モデルとしてしばらく存続することになる。
84年に99の前半部と900の後半部をドッキングさせた90が登場、これを受けて99の生産は58万8643台をもって遂に終了した。90は1987年、900(初代)は1993年まで
クリッパーバン 中古車を続けたので、99の基本設計は結局25年間生き永らえたことになる。
日本には1970年秋の東京モーターショーで初公開され、西武自動車販売の手で輸入されたが、当初の輸入台数は年間十数台程度の微々たるものであった。自動車専門誌CAR GRAPHICは毎年のようにロードインプレッション(71年2ドア、73年4ドア2.0L、74年EMS)に99を採り上げたが、2.0L以外は雪道での記述が中心で、雪国向けの特殊な車種の紹介という色彩が強かった。 77年排ガス規制強化によりサーブは日本市場から一時撤退、78年に51年規制をクリアした99GLEコンビ・クーペで再登場した。パワーステアリング・AT付きのこのモデルは日本市場に比較的適しており、当時著名だった随筆家松山猛が愛用するなどインテリ層の支持を集め、徐々に販売台数も上向きはじめたが、1980年には米国市場のモデル交代に合わせ900ターボ3ドア、GLE5ドアにバトンタッチすることになった。輸入モデルは全て丸型4灯式ヘッドライト、左ハンドルの対米仕様車ベースで、74年頃のモデルの場合、運転席シートベルトを締めないとエンジンが始動出来ないというシステムまで組み込まれていた。